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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-7

「現場の方はどうですか?」
ゴルフショップを後にすると、中心街の喫茶店に入る。アイスコーヒーのストローに少し口を加えると、彼は俺に言葉をかけてきた。
「あっ、うん。あれから順調だよっ」
「そうですか。一時はどうなるかと思いましたけどね。」
「ほんと、あの時はありがとうね。西川君がいなかったら、今頃どうなってたか……」
「いえいえ、そんなことないですよ」

 いつものような会話……、ではなかった。ゴルフショップ、そして喫茶店と、そんな彼からは、これまでのような思わせ振りな言葉は、全くと言っていいぐらいなかったのだ。前回、ゴルフの練習に行ったときは『僕、今彼女いないっすよっ』とか、『高橋さんこそ、僕とこんな風にいて彼氏とか気にしないんですか?』などと、気になる言葉をこれでもかというくらいかけてきたのに、今日は何か社交辞令的に会話をしているだけ、という感じなのだ。

(やっぱ、いろいろと紹介してもらった挙句、結局クラブは購入しなかったし、もしかしたら、それで気を悪くしたかも?)
そう思い、少し会話が途切れると、俺は
「ほんと、ごめんね―。結局何も買わなくて」
と、手を合わせて申し訳なさそうに謝った。そんな俺に西川君は、手を振りながら、
「ああ、いや、さっきも言ったでしょ? 全然気にしてないって。クラブって、ずっと使うものだし、また気に入ったものを選べばいいですよ」
と笑みを見せて言ったのだった。笑みを見せて、と言っても、作ったような笑みのようにも見える。そして『じゃあ、次一緒にゴルフ回りましょう』とかいう社交辞令的な誘いの言葉すらない。

(俺から誘わなければならないのかな?)
と思いながら、彼の方を見るが、彼は何か俺から視線をわきにチラチラとそらしているのだ。小山であれば、真っ先に俺のこの強調された胸の辺りに視線を向けてくるのだが、彼はそのようなことはない。視線を下におろしてみると、やたら目立つであろう胸のふくらみ。そして、そのふくらみの向こうには、スカートの裾から大きくはみ出でてあらわになったパンストに覆われた太ももがある。
(やっぱ、こんな恰好をしていて、誘うなんて、いかにも過ぎて、しづらいよな……)
こんな恰好をしている自分が恥ずかしくなるとともに、気持が萎えてしまいそうになる。

(でも頑張るんだ、俺!)
そう決意すると、
「今度、西川君のゴルフ、見てみたいなあ―。平均80代で回るなんて、そんな人と回ったことないから」
と遠回しに、誘いをかけてみた。

 すると、そんな誘いに彼は笑みを見せて
「ああ、そうですね。じゃあ今度行きましょうか」
と言ってきた。とりあえずは、否定はしなかった。ただ、以前のマラソン大会の後にゴルフに誘われたときは『絶対ですよ』などと、念押しをしてきたのだが、それに比べると、如何にも社交辞令的に見えてしまうのだ。

(そう言えば……)
俺はふと昔のことを思い起こした。俺が学生だったときの女友達。サークルのみんなで仲良くやっていた中の一人で、周りの子に比べると地味な女だった。その子と俺は何かと気が合っていたのだが、何かの折に、初めてサークルの中の数人でどこかに行った。2人の男と2人の女で、その子も含まれていたのだが、その時、彼女はこれでもか、というぐらいに気合の入っている服装をしてきていたのだった。俺は、
(こんな子でも、そんな風な恰好するんだ)
と少し意外感を持ちつつも、何かにつけて俺に興味を持ったように話しかけてくる彼女に、
(もしかして、こいつ、俺に気があるんじゃ?)
と感じ取ってしまい、その時彼女になりそうな子が別にいた俺としては結局、彼女に素っ気ない態度をしてしまったのだ。

(もしかして、こんな恰好をしているから、引かれちゃってるってこともあるのかな……)
前回のゴルフ練習場に行った時は、彼はずっと俺にあんな言葉をかけてきていた。だから、これまでその彼女と今の自分とを重ね合わせることなどはなかった。しかし、今、ついそんなことを思い起こすと、俺はさらに不安になってしまったのだ。しかも当の彼女は、別に地味な子といってても、髪は栗色に染めてたし、それなりにスカートを穿くこともあった。それに比べると、俺はこれまで普段はスカートなど穿いたことすらなかった。髪型も男のときと同じものだったし、眼鏡も男のときのものを使っている。同じ地味でも、その時の彼女と今の俺とはそのレベルは全然違っていたのだ。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

「じゃあ、帰ろうか……」
そして、喫茶店を出て、若い子たちが多く歩く繁華街の通りを駅の方に歩き始めようとしたときだった。

「あの……」
隣の彼が声を出した。
「ん?」
俺が彼の方を見上げると、彼は前の方を向いたまま言葉を発したのだ。
「高橋さん、仕事も、ジョギングもなにも、みんな尊敬できるし……」

突然の言葉に、俺は息をのんだ。
(もしかしたら……)
俺は、その次の言葉をかたずを飲んで待つ。すると彼は、
「だから……」
と一呼吸を置き、
「高橋さんだったら、ずっとレベルの高い彼氏とか、すぐできるんでしょうね」
と作ったような笑みを浮かべて言ったのだった。

(何? それ?)
俺は、その言葉の意味をすぐ理解できなかった。すると、彼は、
「僕なんか、高橋さんの足元にも及ばないし……」
と少し言葉を選ぶように続けたのである。

 今の彼のその言葉。今まで彼が言ってきた言葉とは違う。
(もしかしたら遠回しに『これ以上の関係となるのはご遠慮します』って言ってるってこと?)

 そんな彼の言葉に、俺は、
「あっ、いや……、そ、そうだよね。それにこんな風に会ってるのを見られて、社内でそんなウワサがたったりしたら、お互いに気まずいし……、ねっ」
ととっさに言葉を並べてしまうと、彼は
「あっ、いや……、そういう意味で言ったんじゃないんですけど」
とさっきの言葉をフォローしようとする。少し冷めているようにも聞こえる彼の言葉に、俺は恥ずかしくて顔に血が上るような感覚を抱きながら、
「あ、ごめん、私何言ってるんだろ」
と慌てて言ったのだった。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

「それじゃ。今日はありがとうね」
「いえいえ、お役に立ててればうれしいです」
そうして、俺と西川君は、駅前広場で別れた。手を振りながら彼に笑みを見せ、彼が見えなくなると、その途端にタメ息が出てしまった。俺の笑顔は傍目、こわばっていたのだろう。

(事実上振られたってこと……なんだよね)
夕方近い時間の、帰りの電車の中。休日の電車の中は、こんな地方都市でもそれなりににぎわっている。高校生ぐらいの若い女の子たちは向かい合わせの座席で今日見ていたと思われる映画の話題に少しうるさいぐらいに花を咲かしている。そんな子たちの横で、俺はドア際に立ち、ただ窓の外を見ていた。
(これまでずっと、西川君の方から誘ってきていたのに……。これまでずっと、その気がありそうな言葉を言ってたのに……。それなのに、初めてこっちから誘って、こんな恰好をしてたら、何で『高橋さんだったら、他に彼氏とか、すぐできますよ』なんて、言ってくるんだ? いくらなんでも失礼すぎるだろ?)

 俺ともう会わないといっているわけでもないのだから、これからも引き続き、こういう付き合いをしていけばいいのかもしれない。ただいかにも、『その気がありますよ』というメッセージを送っているような恰好をしている俺に対し、あんなことを言ってくる、というあたり、所詮西川君は、俺と彼氏彼女の関係になる気などなかったということなのだろう。俺と西川君は、これからも会社で仕事上話すことはある。だからこそ、俺が変なことを口走ってそのあと気まずい関係になってしまう前に彼からあんな言葉をかけてきたのだろう。

 俺自身も、現時点では、未だに西川君と肉体関係になったり、結婚したりとか想像することはできない。ただ、それでも、向こうから先に扉を閉ざしてしまうようなあの言葉は、俺の心の中に深く突き刺さってしまったのだ。
(何やってんだろ、俺……)
西川君が俺に対しその気になるはずないことなど、そんなのは、初めからわかっていたはず。俺よりももっと可愛らしい子とさえ西川君は付き合うことがなかったのだから。でも、俺は、美香子さんから言われて、(チャレンジしなきゃ始まらないじゃん)と思ってこんな服装をした。
(でもこんな恰好している俺を、彼は「イタい女」に見えたってことなんだろうな……)

「じゃあね」
「うん、また明日――」
女の子たちが電車を降りていき、電車の中の喧騒は少しずつ静かになっていく。
(どんなに頑張っても俺があんなイケメンの『彼女』になんかなれるはずないんだよね)
所詮俺は、西川君よりも年上で地味な女なのだ。俺は仕事への取組み方やジョギングとかで彼に認められたとは思う。でも、だからといって、女として認められていたわけではないのだ。

 これまで通り、地味な女として西川君と会っていたら、西川君からは、あんな言葉はなかったのかもしれない。そしてこれからもこうしてこれまで通りの関係で会うことができていたのだろう。ただ、その場合、俺と彼との立ち位置は会社の同僚同士というものから恋人同士に変わることは金輪際ないのだろう。

 女になって2年とちょっと。俺は、単に男のアレがなくなってしまい、胸が大きくなってしまった、そしてそれ以外は男のときと何ら変わりはない、そう思って過ごしてきた。30数年間も男をやってきたのだし、俺は絶対に心の中まで女になるなんてありえないと思っていたし、男なんか異性として意識するはずなど絶対にないと思ってきた。そして、女になってからも、仕事の方は引き続き充実していた。だからこそ、俺は病院の方から臨床試験のことを言われても、男に戻ることにためらいを感じ、今のままの生活でもいいと思っていたのだ。

 でも、西川君と出会ってからというもの、女としての気持ちにどんどん引きずられていく。イケメンでさわやかな彼に惹かれるということ、それは所詮、あの支店の女の子たちと同じような感性になってしまったということ。たとえ自分がそうなりたくないと思っていても。そしてその気持ちにまともに向き合おうとしたら、今度は、元男である自分の女としての限界をまともにつけつけられてしまったように思えていたのである。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

 そうして俺は電車を降りると、駅の駐車場に停めていた自分の車に乗り、寮に帰ってきた。寮の駐車場で、車から降りたその時だった。
「高橋さん?」
俺は、その声に背筋の凍るような思いがした。その声の主は小山だったからだ。寮から外出しようとしていたであろう小山と俺は唐突に鉢合わせになってしまったのである。

俺の顔を見ると、小山は
「びっくりした――、まさか本当に高橋さんだったなんでさあ……」
とまさに驚いた表情をした。そして、すぐに奴はニヤニヤしながら
「まさかデートとかしてたりして……」
と冗談っぽく問いかけてくるのである。膝上丈のスカートにパンプスと、いかにも女の子という恰好をしているのを小山に見られ、さらに、まさについさっきまであったことを蒸し返され、恥ずかしさと情けなさで、頭の中が真っ白くなってしまっていると、
「って、図星??」
と小山は眉をひそめた。

 小山にそう問われても、俺は何も答えられなかった。会社の同僚である西川君にこんなその気があるような恰好をしてアプローチをして、そしてその気がないようなことを言われてしまったなんて、男のころから俺を知っている小山になど、とてもではないが言えるはずなどなかったのだ。

 すると、そんな風に何も答えられない俺に何かを察したのか、小山は
「ちょっと、どこかに行きませんか?」
と少し真面目な表情をして誘ってきたのだった。
【4-8】につづく

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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-6

「えっ? 高橋さん?」
その翌週の週末の日曜日、N市のターミナル駅前の駅前広場。西川君は待ち合わせ場所にやってきた俺を見ると、驚いたような表情を示した。それはそうなのだろう。俺の身なりはいつもと全く違っていたのだから。

 フリルが付いた白の長そでブラウスに、ひざ丈よりも少し短い黒のブリーツスカートとその下には黒の薄手のパンスト。髪はショートカット、というか男の時と同じ長さだった髪を美容院に行って切り整えてもらい、前髪ありのウェット気味なスタイルにしていたのだ。

 先週の週末の日曜日、母の誕生日会の翌日のこと。俺は美香子さんに連れられ、T市の市内の百貨店へと行ったのだ。美香子さんは、俺の顔や身体付きをなんども確認しながら、『これ、似合うわよ―』と服を俺の身体に当てながら、俺に紹介してきたのだ。もっとも、そんな美香子さんに勧められるがままに受け入れるような俺でもなく、
『え~~、それって派手すぎるでしょ~~?』
『これ短すぎますよ~~』
とかいろいろと抵抗してはみたのだが、結局、『スカート系のボトムス』『パンスト』『可愛い系の下着』『パンプスかミュール』は、譲ってもらえず、買わされてしまったのだ。

 ただ、抵抗してみたといっても、所詮は口先だけということ。俺の中では、やはり西川君に自分を女として見てもらいたいという気持ちの方が勝っていたのだろう。寮に帰ると、さっそく買い物袋からそれらを取り出して、試着してみたのだから。俺は女になってからも常々、何で女はあんな機能的ではない服を着るんだろ、と思っていた。しかし、実家から寮に帰り着くと、(何なんだろうなあ)と思いつつ、早速、穿いていったチノパンを脱ぐと、購入したばかりのスカートに足を通してみているというあたり、自分の自意識がガラガラと崩れてきているということを認識せざるを得ない。
 女になって初めてスカートの類いに足を通してみたのだが、いざそれらを店で試着してみた時は、それはそれで思ったよりは面倒くさいものではないとは感じていた。そして家に帰り、それを再び穿いてみると、試着した時と同じく、特に面倒なこともなく、(なんだ、こんなもんか)などと感じていたのである。それでも洗面台の鏡の前に立ち、そんな服を着ている自分を映してみると、やはり
(俺がこんな風に女装したりしていいんだろうか?)
などと、試着室ではなく日常生活の場において自分にあまりに不釣り合いな服を着ていることに、少なからず違和感を抱いてしまったのは確かだった。しかし、その一方で、
(でも……、俺、他の女の子と遜色ないかも……)
と鏡に映る自分がついさっきまでより、ずっと女らしくなっているように思えていたのである。

 そして、昨日の土曜日は半日で仕事を切り上げた後、K市内の美容院に行った。美香子さんのおすすめの髪型の写真を美容師に見せて、同じように切り揃え、セットしてもらい、今日に至る。というわけだ。

しかし、今朝、いざ寮でスウェットから着替え、外出の準備をし始めると、急に外に出るのが怖くなってしまっていた。
(自分はどう見られるのだろう? 変に見られないだろうか? 不審に思われないだろうか?)
百貨店での試着や寮の部屋の中で着てみた時は別にこんなものか、と思っていたのだが、俺はこの格好で公衆の面前に出ていくのだ。
(実際に正真正銘の女である俺がこういう格好をすることのどこが悪い?)
と自らを言い聞かせても、俺としては周りの人たちにどう見られるか、不安でならなかったのだ。ましてやついこの前まで、機能的で地味な恰好ばかりしていた自分が急にこのような恰好をして、西川君に変な風に思われないのかと思ってしまっていたのだ。

(じゃあ、あっちを着ていくか?)
実は、もう1セット、「普段着」として、美香子さんが選んでくれた服もあった。『普段にわざわざこんなの着ませんよ~~』と主張しながらも結局買わされてしまった、ひざ丈のフレアスカートにニットのシャツという組み合わせ。普通の女の子にとっては十分カジュアルで普段着なものなのだろうが、そんな服でも俺にとっては十分フェミニンでハードルの高い服装とは思えたもの。
(でも、今日は西川君に俺を見てもらうためなんだよね)
そう心に言い聞かせると、俺は結局そのままの姿で外に出たのである。

「じゃあ、行こうか」
「うん……」

 今日西川君と会うのは、西川君に買い物に付き合ってもらうという理由付け。先週、俺の方から、意を決して先週メールを打ったのだ。

『西川様
 こんにちは。高橋です。
 この前、ゴルフの練習に連れて行ってくれた時、
 西川君、ゴルフクラブ、新しいのを買った方がいいって言ってましたよね。

 それで、ゴルフクラブ買おうかな、って思うですけど、
 週末、一緒に選んでくれませんか?
 たかはし』

 俺自身としては、決してゴルフが面白いと思ったわけではない。この前練習場に行ったときも、あんなに惨めな状況だったのだから。でも、西川君の趣味がゴルフなのだし、西川君に会うきっかけを考えて、それを理由にしたのだ。文章を書いていると、西川君と会いたいという思いがどんどん高まってきてしまうが、そんな気持ちを抑えつつ、これまで通り、淡白な文章でメールを送ったのだった。そんな俺のメールに西川君は、
 
 『高橋様

  わかりました。
  じゃあ、N市内で僕がいつも行っている店に行きましょう。

  にしかわ』

と快く受け入れてくれたのである。そうして、俺は彼と落ち合うと、彼に連れられ、市内のゴルフショップと向かったのだった。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

「ちょっとお手洗いに行ってくる」
ゴルフショップに着くと、俺はトイレに向かった。いつもなら、男の大の時と同じようにズボンと下着を下ろして、便座に座るのだが、今は、スカートをたくし上げてそれでパンストとショーツを下ろすだけ、ということなのだ。それはそれで多少は便利なのかもしれないが、スカートの裾を汚さないように気を遣うのはそれ以上に面倒だ。それとパンストを穿くのは今回初めてなのだ。ずり下すのも、結構面倒くさい。きれいに穿く苦労を思い出すと、いつものように無造作にズボンとショーツを大胆にずり下すようなことはせず、必要最小限にしか、ずり下ろさなかったのだった。

(やっぱり……)
ずり下した可愛らしいショーツのクロッチの部分を見る限り、前回以上にもう俺のアソコの中は臨戦態勢のようだ。中に指をつっこまずともわかる。久しぶりに彼の声を間近で聞いているだけで、どんどんゾクゾクしたような感覚になってしまっていたし、下から直接下着にあたってくる冷気も手伝ってか、この前以上に、どんどん熱く緩んでいるような感覚になっていたのだから。

 用をすませると、洗面台で俺は手を洗いながら鏡に映る自分を見た。
(何か、俺、女の子だよな……)
こんな服を着て、こんな化粧をしていると、いつもの俺ではないみたいだ。男物の眼鏡はやめてコンタクトにしているし、いつもの最低限の化粧という顔ではなく、アイシャドウとかアイライナーとかを施し、さらにはつけまつげをつけたりしているから、いつもよりもずっと目がパッチリと、そしてかわいらしく見える。

 それにしても、俺はこんなに胸がでかいとは思わなかった。着ている長袖のブラウスを大きく胸が押し上げている。このブラウス、前面にフリルがあるので、身体の線はそんなに出ない類のものなのだが、それでもそんな服の上からでも胸のボリュームはやたら目立っている。いつもの俺は、胸の動揺を抑えられるようなスポーツブラをかぶっていただけだった。しかし、美香子さんに選んでもらった時に、店員さんから、いつものよりカップが相当大きめのブラを薦められ、それを装着しているからなのだ。

 今のこの状態は、胸の脂肪をこのブラでわざわざ上に吊り上げて、前面に突き出している。このため、歩いている最中にも胸の脂肪が上下にユサユサと揺さぶられる。このようなブラのつけ方は機能性という観点では明らかにこれまでのものに比べると劣っているのだろうし、つけないよりもかえって胸が邪魔になっているのではないかとさえ思ってしまう。こんなブラのつけ方は普段の生活では絶対にしたくはないと思うのだが、これによって俺の胸のでかさがやたら強調されているのも確かなのだ。実際、いつもにもまして、周りの男の視線が俺の胸に来ていたようにも思えていたのだから。

 一方でスカートの方。部屋で試着していたときは、違和感はなかったが、いざ外出してみると、それはそれで、いろいろと気になることがあったのだ。ひざ丈よりも短めなスカートであるのでなおさら。下着姿で外に出ているという感覚さえなってしまうのだ。普通の女の子であれば、物心ついた時はすでにこの手の服を着ていて、知らず知らずのうちに中が見えないようなふるまいは身につけてきたのだろうし、中学校とか高校では自分の意思にかかわらず、丈のメチャクチャ短い制服のスカートをずっと穿き続けていたのだろうから、普段好んで着用しているかどうかは別として、まったく問題なく着こなしているのだろう。一方で、そのようなステップを全部すっ飛ばして、30代中盤になって初めてこんな服を着た俺としては、(中が見えないだろうか)とか、風が吹いた時だとか、階段を上るときとか、いちいち気にしてしまう。そのたびに、
(やっぱ、あっちの方を着てくればよかった)
と後悔したりしていたのである。

 女になってこれまで、女であることは自分自身、それほど違和感なく受け入れていたのでは、と思っている。でも、こんな恰好をしていると、女になって2年以上たった現時点でも、未だ「女装」というやましいことをしているように思わざるをえない。ただ、このような身なりをすることで、自分が女の子であることが強調されているのも確か。そして、今の俺の見た目は明らかに、男とのデートに向けて頑張ってきた女の子そのものなのだろう。いや、実際、俺自身も西川君に気に入ってもらえるようにと思って頑張ってきたのだ。
(でも、こんな俺を西川君はどう思ってくれてんだろ?……でも、少なくとも、すれ違う男の視線はいつもよりもずっと強く感じていたのだし、彼も俺にいつもよりずっと女性っぽさを感じてくれるのは間違いないよね)

「お待たせ。ごめんね」
トイレから出ると、ゴルフのクラブを見ていた西川君の元に戻った。イケメンの彼の顔をチラッと見上げると、少し不安感も抱いてしまう。支店の女子トイレの中で聞いた女の子たちの情報によれば、この人は女の子たちとのデートの経験は豊富、なはず。これだけイケメンで、さわやかで、なおかつ性格も悪くないのだからそれはそうなのだろう。これまでこの人が出会った女の子の中には、こんな俺よりもずっとおしとやかで、そして俺がいくら努力しても足元に及ばないくらいかわいらしい子もいたのだろう。

 でも、それでも俺は二度も彼の方から誘われたのだ。
『今のままじゃ、ずっといいお友だちのままよ』
この前、美香子さんに言われたその言葉。確かにそのとおりだ。俺自身、男に戻る臨床試験を受けようとしている。この試験を受ければ、俺は再び高橋清彦に戻れるのだろう。そうすれば、西川君とは同じ男で気の合う社内の友人同士になれるかもしれない。ただ、いくらそうであっても、男に戻れるのは、何か月か、もしかしたら数年先だ。だから、俺が高橋清美である限り、やっぱり西川君にとって友達以上として見てもらいたい。そしてもし友達以上として見てもらったら……、そうしたら、これからの人生も臨床試験なんか受けずにこのまま女として生きていきたいと、はっきりと思えるかもしれない。美香子さんに、背中を押され、俺は、この2年間ネガティブに女をやってきた自分から、こうして大きく踏み出そうとしているのだ。
【4-7】につづく

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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-5

「高橋さん、ちょっと……」
その翌週の週明けの朝のこと、事務所に出社し、いつものように、現場に出る前の一仕事をしていたときのことだった。俺の席の近くにススッと朝倉さんが寄ってきて、小さく声をかけてきたのだ。
「ん?」
いつものような笑みを顔に浮かべていない彼女。そんな彼女に誘われるがままに、俺は給湯室の方に入った。給湯室に入ると、朝倉さんは、
「あのね……、北海道の方、先週の台風で泊まる予定だった旅館の方が相当ダメージがあったみたいでね……、それと、あたしたちが行こうとした観光地の方の道路も通行止めになってるんですって」
と切り出してきた。
「でね……、今週末の旅行、旅行会社の方から、キャンセルを強く勧めるって……、キャンセル料は会社の方が負担するっていってるんですけど……」
朝倉さんはとても残念そうな表情を見せる。

「そっか……」
その言葉を聞くと、俺は残念そうにため息をついた。しかし、俺はそれ以上に急激に不安な気持ちになっていたのだった。

 西川君のウワサをトイレの中で聞いてしまったあの晩、快感にあえいだ後の虚脱感と共に、俺は意を決して、臨床試験の説明の日程調整のメールを病院に送信した。しかし、メールを送信した翌日、
 『ご連絡ありがとうございます。
  申し訳ありませんが、あいにく担当の医師は海外にしばらく出張中となっております。
  このため、医師が帰国してから医師と相談の上、調整させていただきます』
という返事が病院から来たのだ。

 日程調整のメールが来るのがどれくらい先かわからないということ。少なくともその返事よりもさらにずっと後になるであろう試験の説明。そして、さらにそれからずっとずっと後になるであろう実際の試験。それを考えるにつれ、男に戻れるであろうまでの期間の長さを改めて感じてしまったのだ。そして、それまでに自分の心はどんどん身体にひきずられってしまうかもしれない、そして男のころの思いや感覚が完全になくなってしまうかもしれない、と思ってしまっていたのである。

 そんな中、男の心を留めさせて、あるいは思い出させてくれるかもしれないと思った朝倉さんとの旅行。旅行に行って、朝倉さんとどのような関係にまでなれるかはわからないが、ともかくとも朝倉さんと二人っきりで一緒にいることで、男の時の気持ちを思い出せて、心の中までどんどん女になってしまうのを食いとどめられる、それで西川君への気持ちを少しでも和らげることが収めることができる、と俺は思っていた。しかし旅行に行けなくなったことで、西川君への気持ちがますます高まってしまうと不安になってしまったのだ。

 そんな不安に背中を押されるように、俺は思わず、
「じゃあ、別のところに行こうか? 来月、11月の連休でも」
と彼女に声をかけてしまった。あまりの思い付きだった。しかしそんな俺の提案に彼女は、
「うん」
と笑顔でうなずいてくれたのだった。

(今朝倉さんを誘ったのは、西川君への気持ちを和らげたいと思ってのこと……、そんなこと、とても朝倉さんには言えないよね)
彼女の笑顔に、俺はとても後ろめたく、申し訳なく思ってしまった。でも、俺としては、そんな配慮をできる気持ち的な余裕などなかった。俺としてはともかくも、朝倉さんと旅行に行くことで、気を紛らわせたいと思っていたのである。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

「おばあちゃん、62歳の誕生日おめでとうございます」
その週末の3連休、俺は実家に行っていた。その日は母の誕生日だったのだ。本来ならこの週末は、朝倉さんと北海道旅行に行っていたはずだった。しかし現地の台風の影響で旅行が中止になってしまったため、急きょ兄夫婦が企画していた誕生日祝いに俺も参加していたのだ。

 夕食の後、兄夫婦と一緒に買ったバースデーケーキがお膳の上に用意され、部屋が暗くされると、誕生日の歌をみんなで歌う。そして、歌い終わると、母はロウソクの火を何度か息を吹きかけて何とか消した。
「ありがと――」
再び部屋の電灯をつけると、母はまわりのみんなに声をかけた。
「おばあちゃん、いつまでも元気でいててね」
姪っ子の若菜ちゃんはたどたどしい言葉で母に声をかけた。美香子さんも抱っこしている甥っ子の悠人君の小さな手を振りながら、
「おばあちゃん、おめでと――」
と赤ちゃんのような声を出していた。

 人数分に分けたケーキをみんなで食べ、しばらくワイワイとした後、子供たちがみんな隣の畳部屋で寝静まると、
「じゃあ、俺寝るから」
と、兄は二階に一人上がっていた。夜10時過ぎ。まだ寝るのには早い時間なのだが、兄は子供たちの世話が一段落するといつも二階に上がっていってしまう。大人は女3人に男1人ということもあるのだろう。しかし、それ以上に兄としては、女になってしまった俺に対し昔のように接しづらいということの方が大きいのは間違いない。まあ、『寝るから』と言っても、多分兄は二階で昔の漫画の単行本とかを読んでいるのだろうが。

 そうして兄が二階に行くと、母と俺と美香子さんの女三人はしばらくよもやま話をした後、美香子さん、俺と順番にお風呂に入った。
「じゃあ、私もお風呂入るから」
母が最後に風呂場に行くと、居間には美香子さんと俺の二人になったのだった。

「もう寒いぐらいになったわねえ……、清美さんお茶入れようか?」
パジャマ姿の美香子さんはスウェット姿の俺に声をかけてくる。
「あ、はい。ありがとうございます」
男のときは、美香子さんと二人っきりでいると、兄の妻であるということはわかっていても、可憐で気立てのいい美香子さんに対し、少なからず不純な気持ちを膨らましてしまっていたのだが、今はそのようなことはない。それどころか、美香子さんは今の俺にとって、心の支えとなっているのだ。

 そうして美香子さんが急須にお湯を入れようとしていると、俺は
「あのね、美香子さん……私……」
と切り出した。
「ん? 何?」
これまで誰にも相談できていなかったこと。このところずっと悩んできたこと。
「私……、男に戻る臨床試験を受けるかもしれないんです」
俺は彼女に思い切って打ち明けた。
「え、何それ?」
俺のその言葉に、彼女は眉をひそめた。

「そうなの……」
俺が臨床試験の話をし終えると、美香子さんは少し表情を硬くしながらうなずいた。
「やっぱり、男の人に戻りたいの?」
寂しそうな表情でつぶやく彼女に俺は、
「あ、……はい……」
と少し口ごもり、視線を外してしまう。すると、美香子さんは、何かを感じたかのように
「どうしたの?」
と笑みを見せて俺に聞いてきた。彼女のその優し気な表情に、
「あ、……あの、私……、女にどんどんなっちゃいそうで怖くて」
と俺は、思わず彼女にそう切り出してしまったのだった。

「何かあったの?」
彼女は、一旦そう聞くが、すぐに、
「あ――、もしかして、好きな人ができちゃったの?」
と嬉しそうな表情で言ってきたのだ。
「そんなこと……」
俺は口ごもってしまうが、彼女は
「そうなんだ――、でどうしたの?」
と俺に打ち明けてくるよう促そうとしてきたのだ。美香子さんは唯一自分の本音を相談できる人。そんな風に問いかけられると、
「その……」
と、俺は心の中で一人とどめていたことを彼女に話し始めたのだった。

「ん――、でも2人っきりでマラソン大会に出て、その後、ゴルフでしょ? 確かにいろんな女の人と二人っきりで会ったりする、思わせぶりな男の人っているけど、さすがに全く興味のない女の人にはそこまで誘ってこないわよ―」
一通り俺の言うことを聞くと、美香子さんは首をかしげ、思案したような素振りを見せる。
「そうなんですかねえ……」
「清美さんにはその人の方から誘ってきたんでしょ? もし、興味がなくてそんな風に誘ったりしたら、その女性に失礼だし、そんなことぐらいその人もわかってるんじゃないかなあ?」

「それに、それ以外は全くメールとか連絡ないんですよね」
一旦相談しだすと、どんどん俺は心の中の悶々を美香子さんにぶつけてしまう。すると美香子さんは、いぶかしげな表情をしながら、
「ん――、でも、清美さんの方から、連絡とかしてるの?」
と逆に聞いてくるのだ。
「あ、いや……」
そう言われた俺はハッとした。
(確かに、西川君からメールが来た時も、どんな返事を書くか迷って、結局短い返事しかしてないんだよな)

「それに清美さん自身も、彼に誘われたとき、その気があるような恰好をしたりしてないんでしょ?」
「えっ、何それ?」
美香子さんがいきなりそっちのほうに話を持っていったために、俺はとっさにとぼけてみる。しかし。彼女は
「可愛らしい恰好よ――」
とズバズバと切り込んでくる。
「えっ、可愛らしい恰好だなんて……」
「でしょ? そんな風にしてたら、男の人の方こそ、脈がないのではって思っちゃうわよ」

答えに戸惑っていると、美香子さんは俺に言ってきたのだ。
「清美さん、一緒に買いに行こっか?」
「え?」
「清美さん、顔立ちもかわいらしいし、おしゃれしたりしたらすごくかわいらしくなるわよ」
美香子さんは、ニコニコしながら、俺にそう誘ってきたのだった。
【4-6】につづく

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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-4

 パンツスーツを引き上げ、ファスナーとホックをつけていた俺は、個室の外での女の子たちの会話に、思わず個室の中で立ったまま、耳をそばだててしまった。

「でも、西川さん、競争激しいからねえ」
「でもあたしこの前、誘ったら来てくれたんですよね」
「ってか、真奈美、あんまり期待しない方がいいと思うよ。西川さん、結構思わせ振りみたいなこというみたいだけど、そこからがなかなかみたいよ」
「え、何ですか――? それ?」
「あたしの知ってる子が、西川さんの親元の会社に勤めてるんだけどね。西川君を誘って、二人っきりで一緒にどこかに行ったりしてるみたいなんだけど、結局それ以上なにもないんだって」
「そうなんですか――?」

(西川君、他の女の子とも二人っきりで遊びに行ったりするんだ……)
今、外で話している女の子のうち、西川君のことを誘った『真奈美』というのは、『立花真奈美』のことだろう。彼女は確か、今年の春に支店の総務課に配属された契約社員の子。歳は20代後半で俺よりも10歳近く若い子。直接接したことはないが、彼女は見た目とても可愛らしいし、社内の若手の男どもからもそれなりに注目されているといううわさを聞いている。そんな子でさえ、他の女の子からは西川君のことを「高嶺の花」と言われているのだ。

 ついさっき俺は、(こんな女の子たちと自分が同じ女であるとは信じられない)と思っていた。でも、その俺自身、その女の子が狙っていたさわやかなイケメン男に心を揺り動かされてしまっているということなのだ。そうなのだ。俺はやはり彼女たちと同じ女。そして、西川君から見ても、俺も彼女たちも、所詮は同じ女なのだ。

 それを改めて実感してしまうにつれ、切なさや辛さが心から湧き出てくる。可愛らしく、そして若い彼女に対し、俺は見た目も地味で、しかも西川君より年上で30代も中盤を迎えている。何よりも俺は30代になってから女になってしまった元男。そしてこの2年、俺は男とか女とか意識しなければと、女であることを消極的に受け入れてきていたのだ。男に異性として惹かれるような女としての素養など、高めようともしてこなかったし、実際そんなものなどない。

「よし、じゃあ始めようか」
「あ、はい」
トイレを済ませ、土木部の主任のところに戻ると、課長を交えた打ち合わせは何事もなかったように始まった。打ち合わせ自体はうまくいったはず。課長も主任も俺の方針説明に何も反対はしなかったのだから。でも、淡々と資料を説明して、支店の土木部の担当からの質問にそれなりに受け答えていた一方で、俺の心は、打合せ中もそこにあらずだった。そして、
「高橋さん、今日は夜予定あるの?」
という恒例の誘いに、
「あっ、すみません。今日はちょっと……」
と断ると、夕方もまだ暗くならない時間であるのに、俺は技術部の方にも立ち寄らないで、支店を後にしたのだった。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

(そもそも、俺が西川君と恋人同士になるなんてありえないだろ?)
いつもなら打ち合わせがうまくいった達成感を味わっているであろう、駅への道。しかし、今の俺の頭には、打ち合わせのことなど、ほとんどなかった。
(女の子をより取り見取りの、さわやかでイケメンの西川君が、俺なんかを女として見てくれるはずないし)
考えてみればみるほど当たり前のこと。生まれてから女の子だった子たちにはそもそもかなうはずなどないのだから。そしてもし西川君に元男だと知られてしまったら、彼は俺のことをどう思うのだろう? そんな奴にアプローチをかけられているなんて感じとったら、多分そいつとは距離を置きたい、もし俺が西川君の立場でも、そう思うのだろう。

 西川君にああして誘われ、やさしく親しげに接せられるにつれ、柄でもなく、彼が自分のことを女として見てくれているのではと考え、それとともに俺の中にある女がムクムクと頭をもたげてきていた、ということなのだろう。
(今更この俺が西川君と釣り合えるような女の子になれるはずもないんだし……)
そう割り切ろうとするも、気持ちはもはや割り切れなくなっていた。一旦心を寄せてしまった男への気持ち、そして一旦心の奥底から表に出てきてしまった女としての感情は、もはや鎮められるものではない。

(もう、こんな気持ちイヤだ……)
女になって2年間は、ずっとこんな地味な生活が続くと思っていた。男とか女とか関係ないと思い続けていた。だからこそ、これまで消化試合ながらも、それなりに充実した生活を送れてきたというのだろう。でも、西川君と会い、一旦そっちのほうに気持ちが振れ始めてしまうと、一昨日より昨日、昨日より今日と、自分の心は、どんどん意図せぬ方向に気持ちは揺れ動いていってしまう。そして、それとともに、このまま俺の気持ちはコントロールできないままどこに行ってしまうのか? 
(こんなんだったら、臨床試験を受けて男に戻る方がいい)

 辺りが暗くなり始めたころ、電車で現場の最寄り駅に着くと、俺は事務所には寄らず、寮の方に帰ってきた。まだ夕食には早い時間帯。事務所の所員たちは、夕礼が終わり、今からが書類整理の時間なのだろう。こんな時間に寮に帰ってきてしまうのは気まずい気分なのだが、支店の人たちには用事があるといった一方、事務所には「直帰」と伝えていた以上、今更事務所に行くのも決まりが悪すぎる。

 寮に帰り、そのままの姿でベッドの上にバタンとうつ伏せに横たわると、俺は以前受信した病院からのメールを開いた。そのメールには、臨床試験に関する説明書きの後に
『臨床試験の説明の日程について、ご希望の日をご連絡ください』
という言葉が書いてあった。受信してから、これまでずっと放置していたそのメール。俺は、そのメールの返信ボタンを押すと、
(男に戻るんだ!)
と決意を抱きながら、臨床試験の説明の日程調整の照会メールを打ち始めたのだった。

 『ご照会の件でありますが、返事が遅くなりました。
  できれば早めにご説明をお聞きしたいと思いますので、
  そちらの空いている日についてご提示をいただければ……』

 うつ伏せになりながら、すがるような思いで俺は両手でスマホを持ちメールを打っていた。男に戻りたい。男に戻って、また女になる前までの日常に戻りたい。そして今のこんな気持ちから逃げ出したい。そんな一心で。

 しかし……、そうしているにつれ、下半身のあたりがいつものようにうずいてきていた。この現状を逃れたいという決意に歯向かうように、俺の性的本能は俺を反対の方向に導こうとする。そして、そんな感覚に促され、俺は身体を横向けにすると、両手で持っていたいたスマホをベッドの上に置き、右手の指でスマホを操作しながら、左手はパンツスーツからショーツの下にもぐらせてしまう。そして指がそこに触れた瞬間、
(あんっ……)
と体中に刺激が伝播してしまったのだった。

 その刺激的な感覚を抱いた瞬間、俺の意思はそっちのほうに行ってしまった。俺は打ちかけのスマホを置いたまま身体を仰向けにした。スマホの画面が視界から消えるにつれ、俺の感覚は性的欲求を満足したい、という一点に集中してしまう。
(男に戻ろうって思ってるのに……)
これだけ気持ちが打ちのめされ、男に戻ろうと思っていても、俺の脳裏には西川君のやさしい声、やさしげな顔、そして彼の感触が思い浮かんてしまう。

(何なんだよ――、この身体……)
快感を得るごとに、(いっそのこと身も心も女になれば?)とでもいう誘惑が俺の男脳を波状的に襲ってくる。それが嫌でもその快感を得ようとする手を止めることはできなかった。そうして俺は、俺は支店から帰ってきたままの姿で、パンツスーツとショーツをずり下して、彼のことをあれこれイメージしながら、快感にあえいでいたのだった。
【4-5】につづく

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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-3

「風、どうでしたか?」
現場から帰ってくると、俺は女子休憩室で朝倉さんと一緒に昼食をとろうとしていた。座布団の上で正座している朝倉さんに心配そうに聞かれ、
「いやあ、今日は午後から現場は中止だよ。午前中は資材が飛散しないか、チェックしてた」
と言いながら、弁当箱を片手に持った俺も朝倉さんの前に正座をして座った。
「そう……、この時期に台風が来てるなんてめずらしいですよね」
朝倉さんは、すでに窓の外で大きく揺れている木に視線を向ける。
「そうだよな、今回のは勢力も相当強いしな」

 このところ、朝倉さんとは時々こうして女子休憩室で食事をとったりしている。さすがに他の所員も俺がこうして女子休憩室に入っていることをわかっていて、食事後に事務室に戻ると、『いいよなあ、朝倉さんと二人っきりで昼食なんて』とか『女子休憩室ってどんな感じなのか?』などと、問いかけてくる。(この人たちは今の俺が女なんだということに、いつになったら気を使ってくるんだろ?)などと思いながらも、俺も『いや、女子休憩室はやっぱきれいですよ。川越さんも一度入ってみたいでしょ?』などと男の時と同じように応じているのだが。

 そうして、弁当箱の蓋を開け、箸を弁当のご飯につけようとすると、朝倉さんは、
「最近何か疲れてません?」
と俺にチラッと視線を向けて聞いてきたのだ。
「そ、そうかな……?」

 朝倉さんにもそんな風に感じられてしまっていたのだろうか? 確かに彼女の気のせいではないのだろうし、実際俺は寝不足気味だったのだから。俺は、西川君にゴルフの練習に誘われたあの晩、彼にスキンシップされた感覚を思い起こしながら、初めて女としての快感を味わった。女になって2年間。その間の俺は、寮に帰ると淡々と食事をして、ネットをあれこれ見回ってから寝入るという、淡々とした生活を送っていた。それは男とか女とかの性的本能とはまるで無縁の生活だった。

 しかし、初めて快感を得てからというものの、寮の部屋に帰ってくると、西川君のことを思い浮かべながらついつい夜遅くまでアソコを慰めてしまう日々が続いたのである。最初の日よりも、その次の日、そしてさらにその次の日と、慰めれば慰めるほど、その快感は高まっていた。快感を抱けば抱くほどその快感が高まるというのは、俺も知識としてはわかっていたのだし、それによって、自分の性意識がますます女の方に傾いていくとともに、西川君をより異性として意識してしまうのでは、という不安はあったものの、うずくその感覚、快感を得たいという衝動を我慢することはできなかったのだ。

 昨晩も快感を抱いたのちに、そのまま目をつぶって眠りにつこうとしたのだが、また身体がうずき始め、(ダメだよ、もう寝なきゃ……、明日は早いんだから……)と思いながらも、ついついショーツの中で感じる箇所に指を触れるとともに、「あんっ……ぅ……」と、再び快感が湧き出始めてしまい、結局さらに2回絶頂に達していたのである。

「ん――、最近夜も遅いからな――」
俺は取りあえず適当にごまかした。本当の理由など話せるなどない。そんなことは普通の女の子同士であっても、よほど親しい間柄でない限りいうことは打ち明けることはないのだろう。ましてや俺は元男。そして俺はもしかしたら近々臨床試験を受けて男に戻るのかもしれないのだ。

「旅行の時に高橋さん、もし疲れてたら、あたし運転しますからね」
そんな風に気を使ってくる朝倉さんに俺は、
「いや、全然大丈夫だから。それに1日目は空港からホテルまでの運転だけだから」
と手を振って返す。

(朝倉さんと一緒の部屋で泊まったりしたら、何か間違いが起こったりして……、ってそんなことないよな)
こうして俺を女子休憩室に呼んでいる限り、彼女は俺をもう女としてみなしているのだろう。それにそもそも彼女は俺が臨床試験を受ければ男に戻れるなど知らないのだし、特別な趣味とかない限り、彼女からそんなアプローチをしてくることはないのだろう。
(でも、隣り合わせで寝てて、スキンシップをしたりしたら……?)
彼女の布団の中に手を伸ばして、そして彼女の布団の中に潜り込んだりしたら……、と俺からのアプローチを想像してみるが、やはり俺自身、彼女を悦ばせる身体を持ち合わせていないし、彼女にそんな趣味がない限り、そこから先にいったりしたら、そこで彼女との関係は致命的に壊れてしまうのかもしれないのだ。

(やっぱ、ないよな……)
そんなことを考えながら、朝倉さんの方にちらっと視線を向けると、
「ん? どうしたの?」
と、朝倉さんは首をかしげながら俺に微笑みかけてくる。今のこの笑顔。それは、以前俺が男だった時と変わっていないように思える。
(もしかしたら、ありえるかも……)
再び考えがそっちの方に及ぶと、
(でも、もし、そんな関係になれば、西川君への気持ちよりも、朝倉さんへの思いが大きくなるのかも……)
と、やはり何かのきっかけに朝倉さんと肉体的な関係になれたら、と思ってしまったのである。仮にそれが西川君に対する気持ちを紛らわせるためであったとしても、最終的に俺が臨床試験を受けて男になるのであれば、それはそれで朝倉さんに許してもらえるかもしれない。そう俺は思っていたのである。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

「すみません、じゃあ支店に行ってきます」
あれから数日後、昼食の弁当を手早く食べると、俺はネットをしながら弁当を食べていた川越さんに声をかけた。
出張用のバッグを手に持った俺に川越さんは視線をチラッと向けると、
「おうっ、今日は戻るのか?」
と問いかけてくる。
「あ――、いえ、今日は直帰だと思います」
「そっか」
今日は、支店で土木部との打ち合わせ。打ち合わせが終わるのはおそらく夕方近くなので、そのまま飲みに誘われるだろうと思っていたのだ。

 そうして川越さんに話を済ませると、
「じゃあ、小山、現場の方、よろしく頼むよ」
とスマホでゲームをやっていた小山に一言言う。
「あ……、はい」
小山はスマホから視線をそらさずに答える。
(ノンキなものだよな)
先輩が支店に行くというのだから、もう少し反応すればいいのにとも思うのだが、今どきの若者という感じなのだろう。

(支店には西川君がいるんだよね……)
事務所の一階の俺専用の部屋で作業服からレディースのスーツに一人着替えていると、そのことが頭からいよいよ離れなくなってくる。客観的には、例の杭の一件では技術部にはずいぶんお世話になったのだし、支店に顔を出すのであれば挨拶に行くべきなのだろう。でも、西川君のところに行くと、自分の気持ちが表情に露骨に出てしまいそうで怖い。
(でも行かなきゃね……)
俺は、自分自身義理堅い人間だと思っているし、仕事でもお世話になっていた彼に会わないわけにはいかない。
(ほんと、昔なら支店に行くのにこんなことなんて考えもしなかったのにな……)

 一方でさっきの小山。一時はこいつは俺に気があるのでは、と思ったりしたのだが、あんな風に俺が支店に行くというのに、ゲームをやり続けていたあたり、そんなことはないのだろうと思わざるを得ない。やはりあれは単なる思い過ごしだったのだろう。

 俺としても奴のことを異性だとやはり感じることなどとてもできない。
(男のときは、どんな女でも同じくらいの世代の子だったら一応『女』としてみてたけどな……)
男のときであれば、女友達という関係はあったように覚えているが、一線を踏み越えれば身体の関係になるかもしれない、と思ってたりしていた。でも、今の俺としては、異性を感じられるのは西川君のみ。仮に小山とかを異性に感じられるのであれば、あちらこちらに気を巡らせて気持ちをごまかすこともできるのだろうが、この前夜遅くまで二人で飲んでいたりしていても、そんな気持ちには一向になれないのだ。

ともかくも、コントロールができなくなってきている自分の心情にいらだちを覚えながら、俺は事務所を後にしたのだった。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~

 支店に着いたのは昼の時間もだいぶ過ぎた時間帯。周りには人はいない。 
(西川君、いなきゃいいけど)
彼が打ち合わせ中だったら、技術部に挨拶に行っても直接顔を合わさずに済む。そう思いながら、エレベーターに乗り、支店のフロアに降りると、俺は取り合えず支店の土木部に行った。
「こんにちは――」
いつもと変わらない表情を作り、担当課のエリアに足を踏み入れると、挨拶の言葉を発し、中に入る。
「おう、今日は高橋さんとの打ち合わせだったよな、少し待ってくれよ。急ぎの件があるから」
土木部の担当の主任は、そう言いながら、急いでいる様子で電話を掛けていた。
「あ、はい」

 少し時間ができたようなので、俺は打合せテーブルにカバンを置き、女子トイレへと向かった。尿意はさほど強くはなかったのだが、打ち合わせの最中にトイレのために中座するのはあまり好きでない。俺が中座すると、男どもに何かと想像を膨らませられてしまうように思えてしまっていたのだ。フロアの端の女子トイレに入ると、個室に入り、便座に腰かけ、ジョロジョロと用をすましていたときだった。
「……で、あの子、彼氏とうまくいってないんだ――」
数人の女の子たちの話し声が近づいてきた。

(ったく……、こいつら、昼間の業務時間内から何話してんだよ……)
女の子たちは、どうしてトイレの中でこんな色恋話をするのか? 今に始まった話ではないが、自分がこういう子たちと同じ女である、ということは、やはり信じられない。まあ、すべての女の子がこんな風な話を昼間からしているのではないだろうし、この子たちも年がら年中そんな話をしているのではないのだろうが。ともかくも呆れてしまいながら、俺は淡々と用をすました。そしてペーパーで股間の湿り気をふき取った後、立ち上がり、ショーツとパンツスーツを穿こうとしたときだった。
「真奈美、西川さんのこと狙ってるんだって」
【4-4】につづく

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消化試合の人生と思ってたけど 【4.女で生きていくこと】-2

「おはようございます」
事務所に出社すると、俺はいつものように先に出社していた面々に元気に挨拶をする。
「おうっ、おはよう」
現場服に着替え、事務所に出れば、土曜日までと同じ、いつもながらの1日が始まる。男だったときと同じ職場の仲間、男だったときと同じ仕事の中身、職場環境。現場に出る前にいつものようにPCを立ち上げ、メールのチェックをするにつれ、先週までと変わらず、仕事への熱意がよみがえってくる。昨日から今朝にかけて一気に変化してしまった自分の気持ちも、こうして仕事に向かえば、一昨日までの状態に戻すことができているように思えるのだ。

「小山、先週の現場の計測簿ある?」
「あ、はい」
「今日は○○地質が地盤を計測する日だから、整合性があるか、現地で確認しとかないとね」
「あ、ああ。そうですよね」
「今日計測するところは結果もあまりよくないだろうから、きちんと確認しなきゃならないから」

 そうして、いつものように現場に行く用意をすませ、事務室から出ようと給湯室の前を通りかかった時だった。
「旅行も来週末になりましたね」
給湯室で布巾を洗っていた朝倉さんが俺に笑顔を見せながら、声をかけてきた。
「あ、うん」
俺が少し給湯室に足を踏み入れると、彼女は、
「楽しみだなあ、この時期の北海道はちょっと寒いくらいでしょうけどね……」
と、彼女は俺の耳元で囁くように言ってきたのだ。少しタメ口気味な口調で発せられる彼女の声、そして息遣いを感じてしまったその瞬間、俺は、不意にゾクゾクとする感覚がしたのだった。

(やっぱり……)
外に出る前、女子トイレの個室に入ると、俺は作業服のズボンとショーツを下ろし、ワレメの中に指を入れてみた。
(朝倉さんでも、俺、こんな風に濡れるんだ……)
予想した通り、中は少し濡れていたのだった。
(今までは朝倉さんにドキドキしててもこんなことはなかったし……。ってことはやっぱ昨日のアレをきっかけにアソコの愛液の栓が外れちゃったってこと?)
そんな風に考えてみると、
(そう言えば、あのカラオケの時……)
と俺は、ふと先日のカラオケでのことを思い起こした。
(確かあの時、朝倉さんが隣に密着して座っていて、耳元でささやかれた時、確かゾワゾワした感覚になったんだっけ。もしかしたら、あの時も濡れてたのかも……?)
あの時は、カラオケ自体もとても楽しかったし、あれで西川君への気持ちは和らげることができていたからか、うずくような感覚を抱くことはなかったのだが、思い起こしてみると、あれが最初だったのかもしれないのだ。

 ともかくも、彼女に対して身体が反応してしまったということ。当然、俺自身女であり、女としての性的反応に基づくものなのだが、それは俺の残された男脳に刺激されてというということなのだ。そんな自分の反応を意識するにつれ、
(うん、大丈夫!)
と心に念じたのだった。

「お待たせ」
外に出ると、ヘルメットをかぶり、道具を片手に小山が待っている車のドアを開けた。
「何か、今日の高橋さん、気合が入ってますね」
「あ、なんで?」
「いつもなら地盤の計測結果なんて、事務所に帰ってきてから確認してるのに」
「あ、うん。でも現場でやっておいた方がいいだろ?」
今自分がこいつに言っていることは理にかなっている、と思っている。ただ、そうはいってもいつもはそこまではやらない。そうなのだ。気合が入っているということ、それは自分が女になってきてしまっている、という何ともいえない不安を紛らわせたいということが大きいということは否定できないのだ。

(……なんてこと、こいつになんか言えるはずないし)
そう考えると、右に座っている男をチラッと見ながら、
(昔はこいつにもよく愚痴をこぼしてたよな……。でも、こいつに、俺のこんな気持ちなんかわかるはずもないだろうし……)
と、改めて自分のこの心持ちを身近な人に打ち明けられることができないことに切なさを感じてしまう。当然朝倉さんにも打ち明けることなどできない。
(できるのは……? 芽衣ちゃん? でも、芽衣ちゃんは元々女としてポジティブに頑張ってこうって感じだったんだろうしな)
そんなことをあれこれ考えれば考えるほど、またそっちの方に気持ちが行ってしまいそうだ。
(とりあえず、仕事、頑張んなきゃ)
そう思いながら、俺と小山は現場に向かっていったのだった。

 ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~
「じゃあ、お先に失礼します」
その日の俺は、現場管理やその後の事務所での業務をいつも以上に精力的に頑張った。
(今日こそは洗濯をしなきゃな……)
夜8時過ぎ。仕事を終え、事務室から1階へと階段を降りながら俺はそう心に念じていた。昨晩は気分が高まりすぎて、結局買い物も洗濯もできなかったのだ。今の心情は昨晩に比べるとはるかに落ち着いているように思えた。いつも以上に仕事を頑張っていたから、ということもあるが、朝、朝倉さんに耳打ちされ、俺のアソコが反応してしまったこと、それにより自分の男脳はまだ機能しているんだ、と思えたから、ということも大きいのだろう。

(来週末は朝倉さんとの旅行かあ……)
朝倉さんの顔を思い浮かべ、来週末の旅行のことを考えながら、俺専用の休憩室に入る。そして作業服から私服に着替えようと、作業服の胸ポケットから小物やらスマホやらを取り出すと、ふといつもの癖でスマホをのスイッチを入れてしまう。そしてメール着信のランプが点滅しているところを見ると、俺はメールアプリを立ち上げてしまった。
(なんだ、また広告メールか……)
いつものような落胆を覚えながらも、俺はふと昨日の夕方受信した西川君からのメールを開いてしまったのである。

 仕事の最中は意識的に開かなかったそのメール。彼からのそのメールは、前回マラソン大会に出た後のメールよりも少し長く、その文章の端々からは前回のメール以上に彼の気持ちをあれこれ想像できるように思えた。昨晩から、そのメールを見ては、またいろいろなことを考え、そして性的な欲情が身体から湧き出ていた。だからこそ昼間は一切開かなったそのメール。しかし今、そのメールを見ていると、俺の頭の中は再び昨日のことが支配的になってしまう。俺は昨日の西川君との会話、そして彼の顔、彼の声を思い起こしてしまったのだ。

(俺は、朝倉さんと来週旅行に行くんだろ?)
作業着の上を脱ぎTシャツ姿になりながら、ついさっき考えていた朝倉さんとの旅行のことに意識的に考えを向けてみるが、一旦頭の中の思考が西川君の方に向かってしまうと、中々それを鎮めることはできない。しかも今はもう仕事が終わった時間。その思考を妨げられる他のことなどもはやほとんど何もないのだ。
(俺は朝倉さんのことが好きなんだし)
作業着のズボンを脱ぎショーツ姿になり、ロッカーから出したチノパンに手早く足を通す。
(それに俺は臨床試験を受ければ元の男になれるんだろ?)
それでも俺は頭の中で自分に言い聞かせるように考えを向けた。
(男に戻れば、朝倉さんと一緒になれるんだろ……?)

「ただいま帰りました」
男子寮の食堂に帰りつくと、そこには誰もいなかった。もし川越さんとかがいれば、よくあるように食事をとりながら、缶ビールを片手に川越さんと取るに足らない話を夜遅くまでしてしまうこともあるのだろうが、幸か不幸か今食堂にいるのは俺一人だ。

 食堂のテレビをつけ、バラエティー番組にチャンネルを変えるが、番組の内容など頭に入ることもなく、どんどん悶々感は高まっていくばかり。高まる気持ち。そしてうずく身体。そうして、食事をとり終え、自分の部屋に帰りつくと、その感覚は一気に高揚してしまったのである。

(西川君……)
着替えもせずベッドの上に仰向けになると、俺はすぐにチノパンのホックをはずし、下腹部に手を忍ばせる。そして、ショーツの中に手を入れ、アソコに触れた瞬間、昼間の間ずっと抑えていた欲情が一気に噴き出してくる。事務所では、朝倉さんに顔を近付けられたことでアソコの中が濡れてしまった。そのことで、俺は安心していた。俺は朝倉さんのことも好きだと思っていた。
(でも、結局朝倉さんのことが好きだと思ってたのも、やっぱ、単に西川君のことの気を紛らわせたいと思ってたからだけなのかも?)
今さらながらそんなことを考えてしまうと、不安になってしまう一方で、さらにそっちの方向に気持ちが触れていく。
「あん……」
豆に触れ、指を少し動かしただけで、俺の腰から太もも、つま先にかけて力が入ってしまい、それとともに早くも喉から喘ぎ声が漏れてしまう。昨日寮に帰ってきたとき以上の反応だ。こうなると、もはや俺の指の動きは自らの理性をもって止めることはできない。

 男だったときとの違いは、アレがあるかないかだけ。女になってから、俺はずっとそう思ってきていた。しかし今、その男にあるものがなくて、代わりにある女にしかない場所を意識し、もてあそぶほど、元々は同性であったはずの男に対し一種のあこがれのようなものを感じてしまうとともに、男のときとは全く違う感覚に悶えてしまっているのである。

(洗濯をしなくちゃいけないのに……)
そうして、部屋に帰ってくると、俺はまた昨日を同じように、いや昨日以上に快感に悶えてしまっていた。
(俺ってもしかしたら、淫乱な女の素質があるのか……?)
快感を得た後に、呆然と天井を眺めていると、もはや自虐的にそんな風に考えてしまう。寮に帰るなりこうして快感に悶えてしまっていたということは、実際にそうなのかもしれない。そうして、俺はその晩も彼のことを思いながら、何度となく快感にもだえていたのだった。
【4-3】につづく

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